1 事案の概要
 四日市のコンビナートにおいて鍛冶工として働いていた労働者であるAさんは、平成20年に肺がんと診断され、その後、平成22年に死亡しました。
Aさんの肺がん及び死亡については、仕事上、アスベストにばく露されたことが原因であるとして労災の認定がなされています。
Aさんの遺族である原告らは、平成24年、Aさんの雇用主及びAさんの雇用主の元請けであった会社に対して、損害賠償請求を求める裁判を提起しました。

2  裁判における争点と裁判所の判断
 本件における争点は以下のとおりです。
  ⑴ Aさんは仕事においてアスベストにばく露したか
  ⑵ 被告らに安全配慮義務違反が認められるか
  ア 雇用主のAさんに対する安全配慮義務は認められるか
  イ 会社のAさんに対する安全配慮義務違反は認められるか
  ウ 被告らには予見可能性があったか
  エ 被告らの安全配慮義務違反の内容及びその違反の有無
  ⑶ アスベストの暴露と肺がん発症との因果関係
  ⑷ 損害


⑴ Aさんは仕事においてアスベストにばく露したか
  Aさんは四日市コンビナートにおいて、タンクの設置・補修や、タンクに付随する配管の設置・補修等を行っていました。
判決は、溶接において養生するために使用していた石綿布が破れ、粉じんが発生し、マスクをつけていなかったAさんはアスベストにばく露したと推認できるとしています。さらに、Aさんはパッキン(配管のつなぎ目に使われます)を交換する際、アスベストを含む粉じんにばく露したと認めています。その他、判決は、Aさんが保温材を撤去する際、保温業者が保温材の撤去作業をしている周辺で作業をしていた際、保温業者が大きな保温材を片付けた後にほうきで掃除をした際、石綿布で養生しながら溶接作業をしている周辺で作業をした際にもアスベストにばく露したと認定しています。


⑵ 被告らに安全配慮義務違反が認められるか
    安全配慮義務とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、その法律関係に付随する義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務のことです。そして、使用者は労働契約に付随する義務として労働者の安全に配慮すべき義務を負います。
ア 雇用主のAさんに対する安全配慮義務
 被告は、Aさんと雇用主の間に労働契約はなく、Aさんは一人親方として仕事をしていたと主張しましたが、判決は、Aさんと雇用主の間に労働契約が存在していたものと認めました。したがって、雇用主は、労働契約に付随する義務としてAさんに対して安全配慮義務を負うとされています。
イ 会社のAさんに対する安全配慮義務
 会社は、下請けの従業員であるAさんに対し、現場責任者を通じて指示を出し、消耗品や材料、ねじ、石綿布等作業に必要なものを支給し、作業環境を決定していたと認められることから、Aさんと特別な社会的接触の関係に入っているということができ、会社はAさんに対して安全配慮義務を負うとされました。
ウ 被告らの予見可能性
 安全配慮義務違反を問う場合、予見可能性があったかが問題となります。危険があることを予見できないと、安全に配慮することができないからです。予見可能性がなければ、安全配慮義務違反は認められません。
判決は、問題となるのが生命、健康という重大な利益であることに鑑みると、安全配慮義務違反の前提となる予見可能性の程度については、アスベストの発がん性による肺がん等の発症の危険性についての具体的な認識まではなくとも、石綿粉じんにばく露することによって、健康、生命に重大な損害が生じる危険性があることについての認識があれば足りるとしました。
 その上で、過去の調査や、法規制、医学的知見の確立や報道、石油精製、化学プラント関係では多種多様な石綿製品が使用されており、作業中に石綿を含む粉じんが飛散することによって作業員がこれを吸入することを想定できたと考えられること等に照らせば、石油精製等の工場等における建築工事を担う被告らにおいて、遅くともAさんが現場で主に石綿粉じんばく露作業に従事するようになった平成4年までには、石綿粉じんにばく露することにより、労働者の健康、生命に重大な損害が生じる危険性が存することについて認識でき、また認識すべきであったと認められるとして、予見可能性を認めました。
エ 被告らの安全配慮義務違反の内容及びその違反の有無
 被告らが負うべき具体的な安全配慮義務の内容としては、①防塵マスク等の保護具を支給し、その着用を徹底させ、②作業員に対し、石綿を含む粉じんの危険性について教育をし、③石綿粉じんが発生する可能性が高い区域には立ち入らないよう周知し、作業の再発生する石綿粉じんの量を減らすための方策を講じるなど可能な限り作業員が石綿粉じんに接触する機会を減らすべきであったとされました。
 そして、被告らはこれらの義務を果たしていなかったとされました。


⑶ Aさんの石綿粉じんばく露と肺がん発症との因果関係
 肺がんは、アスベスト以外にも発症原因が多く存在する疾患ですが、Aさんは日常的にアスベストにばく露されていたこと、Aさんは平成4年から肺がんと診断された平成20年まで反復して相当量の石綿粉じんにばく露したと認められること、Aさんの胸部CT画像上、胸膜プラークが胸壁の内側4分の1以上と認められること、被告会社の他の現場において3名が石綿ばく露による肺がんや中皮腫について労災認定を受けていること、Aさんの勤務した他の現場におけるアスベストばく露が認められないこと等を総合すれば、Aさんは被告現場における石綿粉じんばく露により肺がんを発症したと認めることができるとされました。


⑷ 損害
 損害として、休業損害、逸失利益(肺がんにならなければ働いて得られたであろう収入)、慰謝料を認めました。ただし、Aさんは発がんリスクを高めるたばこを吸っていたため、過失相殺として損害が10パーセント減額されています。

3 まとめ
 この事件は、Aさんが死亡していることから、仕事で実際にどのような作業をしていたかの立証が困難でした。しかし、Aさんが生きている間に労災申請手続がなされており、そこでAさんが話したことが記録されていたこと、Aさんの仕事内容について証言をしてくれる人がいたこと、Aさんが仕事内容を手帳に記録していたこと等から、判決は、Aさんが仕事上でアスベストにばく露したと認めました。立証に関する苦労が報われたと思います。
アスベストを原因として労働者が生命や健康を害された場合について、裁判所は労働者を保護し、使用者の責任を認める流れにあるといえますが、この判決もその流れの中に位置づけられるものです。
 本事件については、被告側から控訴がなされたため、今後は名古屋高等裁判所で審理が行われることになります。使用者側の責任を明らかにする判決を勝ち取れるよう、引き続き闘いたいと思います。      (弁護士 木村夏美)