1 はじめに

(1)平成26年6月27日、岐阜地方裁判所において三井金属神岡鉱山じん肺損害賠償請求事件の判決の言い渡しがありました。本件の舞台である神岡鉱山は、かつて東洋一の鉱山として日本の近代化を支えた鉱山です。本件は、神岡鉱山において、長年鉱夫として働いた末にじん肺に罹患した鉱山労働者ら又はその遺族らが、神岡鉱山を所有管理してきた三井金属らに対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をした事案です。

訴訟提起後訴えを取り下げた方を除くと、原告の数は全部で36名です。もっとも、その中には、死亡した方の遺族が含まれます。患者単位で数えると、死亡した方も含めて32名のじん肺患者の方が原告となりました。

被告は、神岡鉱山を所有管理してきた三井金属鉱業株式会社(以下「三井金属」といいます。)、及び三井金属の完全子会社として設立され、三井金属から神岡鉱山の営業権の一切を譲り受けて神岡鉱山を所有管理している神岡鉱業株式会社の2社です。

(2)本件の訴訟提起は、平成21年9月のことでしたので、判決まで約5年の年月がかかりました。その原因は、被告である三井金属らが、ありとあらゆる点を争点化したことに尽きます。

本件の争点は、主に、①安全配慮義務違反の有無、②じん肺罹患の有無及び程度、③続発性気管支炎罹患の有無、④損害額及び⑤消滅時効の成否でした。それぞれについて、簡単に説明をいたします。

2 安全配慮義務違反の有無について

(1)三井金属らは、時代の進展に応じて、粉じんの発生・飛散・吸入の防止措置を十分に講じてきたので、安全配慮義務違反は認められないと主張していました。私たちは、神岡鉱山の鉱内の様子、作業の状況等を原告の方々の証人尋問等により立証し、神岡鉱山ではじん肺予防のための対策が不十分であったと主張してきました。

(2)裁判所は、三井金属らの粉じん対策が不十分であったこと、特に、労働者らに対するじん肺関連の指導・監督が重要であるにもかかわらず不十分であったこと等を認定して、三井金属らの安全配慮義務違反を肯定しました。

3 じん肺罹患の有無及び程度について

(1)本件で、原告となった方々は、全員じん肺法に基づく管理区分2以上の行政認定を受けています。私たちは、じん肺法による管理区分の認定は厳格な手続きによってなされるものであり、管理区分2以上の認定を受けていること、そのことだけで原告の方々がじん肺に罹患していることの証明として十分であることを主張して参りました。

しかしながら、三井金属らは管理区分の認定だけでは、じん肺罹患の証明として十分ではないとして、原告の方々のカルテやレントゲン写真、CT写真等の医療記録の提出を求めました。私たちは、原告の方々の医療記録の提出には応じませんでした。もし、仮に医療記録の提出に応じれば、原告の方々が実際にじん肺に罹患しているか否かの医学紛争に陥ることが必至であり、紛争が長期化することが目に見えていました。私たちは、あくまでもじん肺法に基づく管理区分の認定に従った早期の和解的解決を求めていたのです。

(2)そこで、三井金属らは裁判所に対して医療機関に医療記録を提出せよとの命令を下してくださいとの文書提出命令の申立てを行いました。私たちは、文書提出命令が下されることが無いよう努力しましたが、結局、文書提出命令が認められ、原告の方々の医療記録が証拠として提出されることになりました。

(3)三井金属らは、中央じん肺審査医をつとめたことのある北海道中央労災病院の木村医師ら4名のじん肺専門医に私的に鑑定を依頼し、長大な鑑定書を証拠として提出しました。その内容は、原告の方々の多くがじん肺ではないというものでした。

そこで、私たちも、東京の芝病院の院長として、日夜じん肺等の呼吸器疾患の患者の治療にあたられている藤井医師に鑑定を依頼しました。藤井医師は、原告の方々は全員じん肺に罹患しているとの鑑定意見を下し、視覚的にじん肺の陰影がどこに認められるのか分かりやすい意見書を作成して頂きました。

(4)裁判社の判断は、じん肺管理区分の決定に高度の信用性を認め、これを覆すに足りる反証が無い限り、管理区分に相当するじん肺罹患の事実を認めるのは相当であるとしました。その上で、主に木村医師による鑑定意見の中のCT写真の読影結果を踏まえて判断し、管理区分決定としては管理2とされている原告の内17名について、管理2に相当するじん肺に罹患しているとまでは認められないこと、管理3とされている1名の原告についても、管理2に相当するじん肺に罹患していると認められるにとどまることを認定しました。

一方で、管理2に相当するじん肺に罹患しているとは認められない原告の方々についても、粉じんを吸入したことによる一定程度の線維結節性変化が生じていると認められる旨の判断をしました。

(5)裁判所の上記判断は、管理区分決定の高い信用性を肯定しておきながら、一方で、三井金属らが依頼をした木村医師らの鑑定意見の信用性を肯定して、17名もの原告の方々のじん肺罹患を否定した点にあります。しかしながら、この点は極めて不当であると考えております。

原告らのじん肺罹患を否定したのは三井金属らが依頼した木村医師らのみなのです。原告の方々は、じん肺審査医らにじん肺であると認定されて、毎年の健康診断の際にもその点が疑われることはありませんでした。そして、藤井医師も原告の方々のじん肺罹患を肯定しているのです。その中で、裁判所は、殊更に木村医師らの鑑定意見に準拠した認定を行いましたが、その根拠は極めて薄弱であるといわざるを得ないものと考えております。

4 続発性気管支炎罹患の有無について

(1)原告の方々の中には、じん肺に罹患したことが原因で、続発性気管支炎という合併症に罹患した方が多数含まれています。三井金属らは、続発性気管支炎の罹患についても、そのように認定した行政の判断が誤りである旨主張し争いました。原告の方々が続発性気管支炎と認定された際に行われた検査方法が不適切であった等の主張がなされました。

(2)そこで、私たちは、原告の方々の主治医である医師がじん肺診査ハンドブックの記載にのっとって、続発性気管支炎の罹患の有無について適切に判断している旨の主張立証をして参りました。

(3)裁判所は、原告の方々が続発性気管支炎に罹患しているとの認定の信用性に疑いを生じさせるような事情はないとして、原告の方々が続発性気管支炎に罹患していることを認定しました。ただし、そもそもじん肺に罹患していないと判断した17名の原告については、「一定程度の線維結節性変化が生じていることから、それに伴う続発性気管支炎に類する症状が生じている」と認定しました。

5 損害額について

(1)裁判所は、管理区分や合併症の有無等に応じて、2500万円(じん肺死した場合)から900万円(管理2で合併症が無い場合)までの損害(慰謝料)を認めました。

(2)また、それに加えて、じん肺罹患を否定された17名の原告についても、一定程度の線維結節性変化が生じていることを考慮して、300万円(合併症に類する症状がない場合)、もしくは500万円(合併症に類する症状がある場合)の慰謝料を認めました。

6 消滅時効の成否について

(1)裁判所は、原告の方々の損害賠償請求権の消滅時効の起算点について、①最重症の管理区分決定を初めて受けた時、②①の決定を受けた後に法定合併症に係る行政上の認定を受けた場合は、当該認定を受けた時、③じん肺を原因として死亡した場合は、死亡時を起算点として、進行すると解するとしました。

そして、かかる考え方に基づいて、原告の方々の内4名について、各起算点から10年を経過しているので、消滅時効が完成しているとして請求を棄却しました。

(2)かかる判断は、私たちの主張する立場とは異なるものですが、従来の最高裁判例からすると、十分に予想できたものでした。

7 控訴審へ向けて

(1)岐阜地裁の判断は、三井金属らの安全配慮義務違反を認め、原告の方々全員について何らかの損害を肯定した点で評価できます。しかしながら、木村医師らの鑑定意見に盲従して多くの方のじん肺罹患を否定したこと、4名の方の消滅時効の成立を認めた点で、私たちにとって到底受け入れる事のできない判決でもあります。

(2)そのため、原告の方々の全員が、名古屋高等裁判所に控訴をしました。名古屋高裁での審理では、全員のじん肺罹患が認められること、消滅時効の成立による敗訴者を出さないことを実現するべく全力で闘っていきたいと考えております。

(弁護団 見田村勇磨)

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