第1 はじめに

私たちは、令和3年12月10日、岐阜地方裁判所において、被告を国とする損害賠償請求事件において、全面的勝訴判決を得て、判決はそのまま確定しました。本件における主な争点は、亡くなった被災者の石綿肺が、国の認定通り管理2に相当するか、当方の主張する管理3に相当するかでした。

仮に、国が主張するとおり、じん肺法上の管理2にとどまる場合、管理2と認定された時期との関係で、旧民法上の制度である除斥期間の経過によって権利は消滅していることになります。これに対し、じん肺が管理3にまで進行していると認められれば、除斥期間は経過していないこととなり、管理3の石綿肺に罹患したことを損害として、880万円の損害賠償が認められることとなる事案でした。

第2 事案の概要

1 事案の概要

本件は、ニチアス羽島工場で作業に従事していた亡き被災者(以下「A」といいます。)の相続人らが、国に対し、Aから相続した国賠法1条1項所定の損害賠償請求権に基づき、合計880万円及び管理3に相当するレントゲン画像の撮影日である平成19年2月23日から支払済みまで旧民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案です。

2 じん肺法上の健康管理の管理区分

じん肺法4条1項は、じん肺のエックス線写真の像を第1型ないし第4型に区分して定めており、このうち第1型については「両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が少数あり、かつ、大陰影がないと認められるもの」と、第2型については「両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が多数あり、かつ、大陰影がないと認められるもの」と定義しています。

また、同条2項は、粉じん作業に従事する労働者及び粉じん作業に従事する労働者であった者につき、じん肺健康診断の結果に基づき、管理1ないし管理4に区分してその健康管理を行うと定め、このうち管理2については、「エックス線写真の像が第1型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの」と、管理3イについては、「エックス線写真の像が第2型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの」と定義しています。

3 Aの石綿粉じん曝露

Aは、昭和36年3月にニチアス株式会社に就職し、平成9年7月に退職しました。

Aは、昭和36年4月頃から昭和42年1月までの間、羽島工場の研究課において、石綿を使用した電気絶縁材・建築材料及び組紐パッキングの品質改良の研究・開発に従事しました。また、昭和42年2月から昭和46年12月までの間、同工場の製造課において、石綿を使用した乾式パネル(耐火板)等の生産係の主任として、製造管理や現場への指示・指導等の業務に従事しました。

Aは、少なくとも製造課勤務時に耐火板の生産現場に立ち入った際、多くの石綿粉じんに曝露することがありました。

4 Aの石綿肺罹患

Aは、平成3年7月2日、初めて労働基準局長から、じん肺管理区分2の決定を受け、その後、平成6年6月6日、平成8年8月1日、平成9年8月7日及び平成18年1月16日にも、同様にじん肺管理区分2の決定を受けています。

5 Aの死亡

Aは、平成18年12月25日、大垣市民病院において、悪性リンパ腫と診断され、平成19年3月1日から同年8月までの間、CHOP療法(抗がん剤治療)を受けて完全寛解を得ましたが、その後約4か月で再発し、平成20年1月16日に同病院に入院しました。

そして、Aは、平成20年2月2日、悪性リンパ腫により死亡しました。

6 除斥期間の経過

Aが、管理区分管理2に相当する石綿肺の病態を発症したことに関する損害賠償請求権は、Aが初めて管理2の決定を受けた日である平成3年7月2日から20年の除斥期間の経過により消滅していると、国から主張されました。

第3 本件の裁判の経過

1 本件の争点

本件の争点は、Aが遅くとも平成19年2月23日の時点で管理区分管理3イに相当する石綿肺の病態を発症していたと認められるかです。

争点に関連して、私たち弁護団からは、協力医の意見書を踏まえ、平成19年2月23日やその後に撮影されたAの胸部エックス線写真によれば、両肺野に第2型のじん肺標準エックス線写真に近似する程度の不整形陰影が認められるから、Aは、遅くとも平成19年2月23日時点で、管理3イに相当する石綿肺の病態を発症していたと主張しました。

これに対し、国は、国側の鑑定医2名の意見書を提出し、Aの胸部エックス線写真やCT写真からは、第2型のじん肺標準エックス線写真等との比較において、Aの胸部エックス線写真の像が第2型に至っているとは認められない旨の反論が出されました。

当弁護団は、協力医に複数の反論意見書を作成いただき、さらに他の協力医にも意見書を作成していただいて再反論を行いつつ、協力医の証人尋問を行い、当方の見解が正しいことを主張・立証しました。

2 裁判所の判断

裁判所は、当方の協力医の意見書及び尋問内容の信用性を認めました。それを踏まえ、じん肺管理区分の型の区分の鑑別は、エックス線写真と標準エックス線写真との比較によって行われるのが基本であること、平成19年2月23日撮影のAの胸部エックス線写真及び同年3月20日撮影の胸部エックス線写真には、第2型のじん肺標準エックス線写真集電子媒体版との比較読影の結果、少なくとも「2/1」(第2型と判定するが標準エックス線写真の第2型(2/2)よりは不整形陰影の数が少ないと認められるもの)に該当することは明らかであること、平成20年1月16日撮影の胸部エックス線写真においても、下肺野を中心に多数の不整形陰影が認められることから、遅くとも平成19年2月頃までには、Aがじん肺管理区分3イに該当するじん肺に罹患しており、胸膜プラークや石灰化が存在すること、さらにAの石綿の曝露歴等を併せて鑑みると、Aのじん肺は石綿肺であること、胸部CT画像上、下肺野の後胸壁付近を中心に、石綿肺の所見である線維化や胸膜プラークのみならず、進行した石綿肺の所見である蜂巣肺も認められるが、これは胸部エックス線写真上、両下肺野に不整形陰影が認められるとする協力医の意見と整合していること、といった点から、Aの胸部エックス線写真の像の型は、遅くとも平成19年2月23日時点で第2型に至っていたと認められ、Aは、遅くとも同日時点で管理区分管理3イに相当する石綿肺の病態を発症していたと認めるのが相当と判断しました。

そして、国がAに賠償するべき金額について、慰謝料額と弁護士費用を合わせて880万円、及び平成19年2月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金と判断しました。

第5 本判決の意義

1 国の管理区分決定を上回る管理区分に相当する程度に石綿肺が進行したことを医学的に立証して、被害者の権利救済を実現した点で、大きな意義があります。

2 2名の協力医による説得的かつ専門性の高い意見書の作成、及び協力医の証人尋問の実施が勝訴判決につながりました。

 

文責 弁護士 見田村勇磨